Hokusai & Europe
北斎とヨーロッパと印象派
北斎は、19世紀のヨーロッパ美術に決定的な影響を与えました。
Hokusai & Europe
北斎は、19世紀のヨーロッパ美術に決定的な影響を与えました。
Hokusai & Europe
北斎は、19世紀のヨーロッパ美術に決定的な影響を与えました。マネ、モネ、ドガ、ゴッホ、ゴーギャン——印象派・ポスト印象派の巨匠たちは、こぞって北斎をはじめとする日本美術に魅了され、〈ジャポニスム〉という大きな潮流を生み出しました。このセクションでは、北斎とヨーロッパ、そして印象派との深い関わりを、国際北斎プロジェクトの資料をもとに詳しくご紹介していきます。
Félix Bracquemond
フランスの画家ブラックモンは、印刷屋ドラウエの仕事場の片隅で、そのパッキングとして使われていた北斎漫画を発見しました。そして、友人であるマネやドガ、ルノワールといった当時の画家たちに伝えて広がっていきました。北斎の浮世絵は、彼らに多大な影響を与え、それが印象派誕生のきっかけになったとも言われています。ブラックモンが北斎の絵を写して焼いた陶器の皿は大人気となり、大きな話題になりました。
Edgar Degas
ドガは、フランス印象派の画家、彫刻家。バレエを主題とした「踊り子」の作品でよく知られています。ドガは新古典主義のアングルの弟子、ルイ=ラモットに師事し、線描の修行を重ねました。ですから彼には北斎の線描の画力が見えたのです。ドガは北斎の人体の動きを学び、多くの彫刻にも生かしています。
Claude Monet & Pierre-Auguste Renoir
モネは印象派を代表するフランスの画家。第一回印象派展に『印象・日の出』などを出展し、注目を集めた歴史的な展覧会となりました。風景の表現において「ポプラ並木」のような独特な構成も、北斎の描き方から学んでいます。晩年は睡蓮の大装飾画に取り組み、オランジュリー美術館に収蔵展示されました。北斎からは水の表現を学び、ジベルニーに日本庭園を作りました。
ルノワールはモネと仲が良く、最初はマネやモネと一緒に風景画や日本の浮世絵を学びました。しかし自然より人間の方が好きなルノワールは、肖像画の世界で独自の画風を確立しました。特に女性の肖像画は活き活きと描かれています。
Claude Debussy & Auguste Rodin
ドビュッシーは印象主義音楽と呼ばれ、19世紀後半から20世紀前半に活躍したフランスの作曲家です。従来の伝統的な作曲方法にとらわれず、素直な感情や雰囲気を大切にしました。北斎の「神奈川沖浪裏」から触発されて、交響詩「海」を作曲しました。楽譜の表紙は、ドビュッシー自身が北斎の絵を写し取って描いたものです。
ロダンは19世紀末から20世紀前半にパリで活躍した彫刻家で、印象派の連中と仲が良く、深い交流がありました。象徴主義とも言われていますが、「現代彫刻の父」とも呼ばれ、大きな影響力を持った彫刻界の第一人者です。
Henri de Toulouse-Lautrec & Alphonse Mucha
ロートレックは、芸術の都・夜のパリを演出したフランスの画家。名門貴族の出で、日本趣味は有名。浮世絵から多くのことを学びました。ムーラン・ルージュのポスターを描いたことで一躍有名になり、卓越したセンスと画力は、商業宣伝であるポスターを芸術の域まで高めたと言われています。
ミュシャはアール・ヌーヴォーの画家で、ポスター画家として有名。仲の良かったゴーギャンとともに浮世絵から多くを学び、花や草は北斎からの影響と言われています。アール・ヌーヴォーの旗手と言われ、デザイナーの神様と呼ばれています。チェコ出身で、晩年はプラハに戻って活躍しました。
Vincent van Gogh & Paul Gauguin
ゴッホは日本が大好きでした。弟テオへの手紙にも北斎のことを書き送っています。心が優しく花が好きだったゴッホは日本の花も描いています。1890年に制作した「花咲くアーモンドの木の枝」は、テオの息子の誕生を祝う贈り物で、彼が憧れた日本の梅の花のイメージだったとも言われています。嬉しいことがあったり優しくされたりした時には花の絵を描くと言われ、この郵便配達夫ジョセフ・ルーランの絵も、よほど優しくされたのでしょう。
ゴーギャンはポスト印象派と言われ、南国タヒチの絵をたくさん描き残しました。文明の雑音から離れて原始的な人間の生き様を追った画家ですが、日本画もよく学びました。「相撲の図」を取り入れて、天使が組み合っているところを描いています。最晩年には「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という問いを投げかけた絵を描いています。
Paul Cézanne
「近代絵画の父」と言われるセザンヌも、北斎の「富嶽三十六景」から大きなヒントを得ています。「サント=ヴィクトワール山」の静物(連作)を40枚も描いています。セザンヌもまた後輩たちに大きな影響を与え、ピカソもマティスも育ったのです。セザンヌが語る「円柱・球体・円錐で絵が描ける」という理論も、北斎漫画から取り入れたものと言われています。
Émile Gallé
19世紀末から20世紀初頭に、芸術工芸で一世を風靡したアール・ヌーヴォーの旗手です。ガレの登場で、ガラス工芸は大きな飛躍をしました。ジャポニスムの流れの中で、北斎デザインの「鯉」を写し取り、芸術の域に高めたのです。北斎の魚、トンボ、カエルもそのまま貼り付けています。